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ヘタリアなど / 居酒屋のイメージのテンプレートに変えてみました(2025/08/05) / You are in the bar.

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私の母が沖縄人ごっこをする前は何をやっていたか?

思い出してみたら、なんだ、中国人ですよ、(多分共産党の)中国人をやってたと思う。




母が、珍しく、私に映画のチケットが当たったから一緒に行こうと誘ってきたことがあった。

そして、ある休日に、三百人劇場という小さな劇場に連れて行かれた。

都内には、けっこう小さな映画館が点在しているものだ。

普段は大きなところしか行かないので初めて行った。

上映タイトルは、紅いコーリャンという中国の映画だった。

チャン・イーモウという中国の監督が母の大のお気に入りだそうだ。

岩波ホールで初恋の来た道、宗家の三姉妹、山の郵便配達(だったか?)などをみて、とても感動してしまい、パンフレット買って帰ったくらいだそうだ。

再上映するほど人気があるそうで、そのチケットが当たったのだそうだ。




突然見せられたその映画は、かなり、意味不明だった。

ある、花嫁は略奪されてしまう。そして、酒屋に住み着いている男に拘束される。女は、助けも来ないため、諦めて暮らしている。

女は、酒屋の片隅で暮らしながら、さまざまな光景を見てしまう、時は、第1次世界大戦(くらいの時代?)・・だったから。

男は、酒に水どころか自分の汚物を混ぜて薄めて売っている。

水道が出ないのだ。

映画には日本人も出てきた。人間の皮を剥ぐという残虐非道な行いを中国人に命令したりしていたという。


それは、とても日本文化を髣髴とさせるシーンだそうだ。

日本での伝統的な処刑方法といったら、首を切って、木の台に載せるとか、有名なのは京都の粟田口での処刑だが、その方法は磔だ。あとは、切腹だ!


そのシーンを見て、私は、中国の妖怪小説を思い出した。

男が、ある夜1人で歩いていると、芳しい花簪をつけた美しい女に出会う。

女は、男に声をかける。「美しい私と、一緒にお話しませんか?」

男は、毎晩、その女と会うことにする。

ある晩、待ち合わせに女が遅れたことを心配し、男はある館に様子を見に行く。

すると、干からびた恐ろしい形相の老婆が、あの美しい女の皮を着ているところだった。

女は、すでに事切れて長い時間が経っているようだった。

男は、そ知らぬふりをして、待ち合わせの場所に戻った。

しばらくすると、いつもの花簪をつけて、女がやってきた。

彼女は、今日もとても美しいのだ、しかしその容姿からは死の匂いが立ち込めているようだった。



それにしても、中国は共産党の国だ。

母はどうしてそんな危険な国の映画を好むのだろうか?チャン・イーモウとはどんな人物なんだろうか?

しばらくして、彼の映画は、私がよく見に行っている大きな映画館のスクリーンに登場した。

英雄-HERO-、単騎千里を走る などだ。

-HERO-に出ているのは中国の軍隊だ。そんな映画にナゼ日本人が・・?

秦の始皇帝の時代は私の一部の先祖は、中国人だったかもしれない。

聞きなれない琴の演奏や、鉄器の音を聞くと何か不思議な感覚になる。

だけど、それはすご~く昔の話だ。

でも、彼の映画にはいつも何かしらの形で日本人が関わっている。






母は、私を韓国の焼き肉屋に連れて行ってくれたり、中華料理の店で、紹興酒をおごってくれた。

映画を見た後で、紹興酒はあまり美味しい飲み物ではなかった。

韓国の焼き肉屋には、漢字で書いてある屏風みたいなものがかけてあった。何が書いてあるかは読めなかった。その店はすぐに台湾の料理の店に変わった。

おでんと、豆腐の店もお気に入りだった。






もともと、私の両親ともにあまり料理をするのは好きではないようだ。

母は、貴重な労働力として、子供を生んだようだ。

私が、小学校2年生になってすぐ、母に

「もうお友達は家でお料理しているんじゃない?あなただけ、なんか子供みたい。みんなと違うとクラスで浮いちゃうんじゃない?」なんて怒られたこともある。

私は、働いて給料をもらったら食べ放題に行くんだと心に決めていた。

本当は、食べ放題のお店に代金を支払えば、料理をせずに、食べ放題なのだ。

面倒な後片付けもない。

しかし、なぜか母は、食べ放題をあまり気に入らなかった。

それどころか、私の好きな居酒屋メニューはことごとく気に入らなかった。



自宅近くに部屋を借りて1人暮らしをするようになったころのことだ。

母は毎日のように、仕事が終わって、夕食時間頃になるとやってくるので、なんだか知らないうちに私の部屋で食事をするのが決まりみたいになってしまった。

「だって~今日の仕事の愚痴とか~誰に聞いてもらうの?

お母さんもう疲れちゃった~あ~あ、ここにいるとラクチン~。」

という母は当然顔で、ほとんど毎日食事をしに来た。

私は2人分の食費をまかなわなければならなかった。

母は、私には、食費どころか小遣いすら1円も支払わなかった。私も中華料理店をやると代金を払ってもらえたのかもしれない。しかし、そこは外国だ。。。




私の父は、母の料理が気に入らず、仕事場で嫌いな弁当のおかずをゴミ箱に入れて捨てていることを同僚に密告され、それ以後、料理を作ってもらえなくなった。

彼はほとんどの日を外食をして暮らしている。

作ればいいのに・・と思うが・・・作らない。






昔のことで、とても記憶に残っている出来事がある。

母が出かけてしまい、小さな子供と父だけが部屋に取り残された。

私は「カレーがいい、カレー作って」と言ったところ、なぜか激昂した父にぶたれた。

カレーくらいで何を激怒したのだろうか?!未だに意味が分からない。

彼はカレーが大嫌いなのか、それとも本当に料理が出来なかったのかもしれない。


私が小学校の家庭科の時間でカレーの作り方を習ってからは、私のほうが得意になってしまった。


彼は、フィリピンへ行ってしまった。

一度チケットをプレゼントしてもらい、様子を見に行ったことがある。



冷蔵庫を開けてびっくり!

スプライトとマンゴージュースが並んでいる・・!!

そういえば、スプライト、日本では見かけなくなったな~。

スプライトを買いにフィリピンへ!?



何か日本語みたいな看板の出ているお店にも連れて行ってもらった。

オーナーさんはアメリカ人みたいだった。

フィリピンで、日本びいきとは一体どういうこと?!と一瞬いぶかしく思った。

しかし、店内は英語の会話が飛び交っている・・。


ここ日本じゃないの、と言って断るにはアメリカ英語が便利でしょうー。

看板だけ出しておくと、勘違いした日本人が寄ってくる!

みたいな感じのようです。



しかし、スペイン統治時代も長く、博物館で見た美しいカリグラフィーの手紙の数々は全てスペイン語と思われる・・。


独立の時にはフランスの力を借りたり、最後はアメリカによって占領され、勝ったわけで・・何か色々な事情があるそうですが、町にはマクドナルドとかいっぱいありましたよ。


なんだーみんなマック行くのか~。メニューだけなら日本で食べても同じじゃん。

ということで、父が何となく近場の英語圏に住みたいらしいということが分かった。

そういえば、彼の嫌いなカレーを、フィリピンでは見かけなかった。

日本は、マックの隣にcoco壱●館とか看板が出ているからな~。そういうのが嫌なのかもしれない。

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沖縄ごっこしている私の母。
最近、沖縄には帰っていない・・

私は、どういう謎の民族の女の子供になってしまったんだろうか?

母 : 買わないわよ!沖縄・・・だって用ないもん!
    それより~この間連れて行ってもらったお店があるの!
    都内で有名らしいの~。またお食事しに行きたいっ!


まるで、上京してきた人のようです・・。
また、ある日、一緒に食事をしたときのこと。

都内に出来た流行のお店から離れて、一転、謎の民族は、一体どういう独自の文化を築いているのだろうか?

母 : お母さんね~、最近憧れてる家があるの!

    それがね、TVでやってたんだけど~、山林を買って暮らしている人がいるのよ。

    電力は、なんと、自家発電なんですって!
    冬はね、薪ストーブと、暖炉みたい。

    毎日山で木切れを拾うんですって。
    食べ物は畑で自給自足なんですって!
    憧れちゃうわ~。
  
    自然のものしか食べない生活っていいわよー、

    パンとか食べない方がいいわよ。
    オーブンなんか家の中にはないの!
    普通はパンなんか焼かないもん。
  

    (国民=家族ね!)
    でも、子供はずっと親から物をもらう存在なんだからいいじゃないの~。
    安心できる土地で、みんなで仲良くくらそうよ!

    本家様の偉~い当主がいて、分家とそのまた傍流に分かれるの!
  
    ステキ!ステキ!
    自家発電生活ってステキすぎるわ!

    お母さん、実は結婚するまでおせち料理って食べたことなかったの!
    毎年、正月にはヨーロッパ旅行に行ったりスキーに行ったりしてたから~。
    残飯ばっかり食べさせられていたのよ~。

    その頃は、1ドル360円だったのよぉ~。
    信じられないわよねっ!?
    でも~本当に楽しかった!

そんな話を聞いて、最近、母は、私を自分の国民だと認識していることが分かってきた。
つまり、自分の住んでいる域内を1ドル360円程度に戻して、
もう一度ヨーロッパ旅行に行きたいわけだ。


日本の紙幣に印刷されている人物を眺めて、そのうち自分の写真が印刷された通貨を発行するのも簡単だとか思っているのかもしれない。


そういえば私は最初はバイト代を全部家に入れていた。
ちょっと分厚くなってきた頃には、80万くらいはあったかな~。
その頃から、母は、とりあえずもらっといて「タダの紙切れなんかいらないっ!」っと床にぶちまけてしまうのも自由だった・・。


しかし、彼女はダイヤモンドは欲しがっていた。
小さいダイヤはお店で普通に売っていて安かった。
嬉しそうに受け取ったのは、宝石・真珠・ぬいぐるみなどなど・・。

紙キレとちがって床にばら撒いたりしなかった。
不思議だ・・・紙キレで、同じダイヤを30個近く買えるのに。
紙幣の人物の顔が気に食わないのかもしれない。
分配の権限があるのは、母だと思っているらしい。

彼女は、小さい為政者だ。

しかし、彼女は物を拾う民族でもある。

すごく不思議だったのが、アパレルブランドのピ●キーアンド●イアンの財布を捨てたときのことだ。

捨てたと思っていたら、どこから探してきたのか、「ゴミ袋の中にあった~」といって拾って来た・・。

そういえば、「高いっ!買えないっ!なんで親より金持ってるの?ムカつくー。」
といっていた。
どうも、狙っていたらしい・・。

最近はみんな10万円位するグ●チやブ●ガリやヴ●トンのお財布を持っている。
買うとまた拾われるに違いない・・。

勘では、ヴ●トンが欲しいっぽい。

なんか怖いー・・・・。

その他の彼女の夢としては、自分の住む領域内では、毎日木切れを拾い、自家発電をし、領域内のみで分配を行う、書面にはならない暗黙のルールがある。(オーブン禁止、パン禁止、など・・)

ダイヤと違ってさすがにプレゼントしてあげられません。[E:punch]



そういえば、私の父はフィリピンへ移住してしまった。
父から小遣いをもらった記憶はあまりない。
父は、フィリピンへ行って初めて、みやげ物をどっさり買ってくるようになった。


「フィリピンは物が安いから、やっと、買い物をする気になった。」
といっていた。


しかし、既に都内には100円ショップもあったため、そんなに割安感はない。
航空賃もかかる。しかも、フィリピンから持ち帰るものは、ほとんどが中国製だ。

無意味な旅行と買い物だと、私は父に意見を言ったが、彼は、


「それならもう何もあげない。自分で自由に生きていったらいいじゃない。」


という意味不明なことを言っていた。

父は本当はフィリピン人!?

フィリピンは、そこそこの大きな島国として、一応独立している。
自家発電をして、食事は海で自給自足の生活っぽい。



不思議なことを自由に言わせているのはアメリカだと思われる。
この調子で、そこら彼処に小さな国家が誕生するのかもしれない・・・。
フィリピンすらその一国家のような気がしてきた。

潰すのは簡単だけど、虫かごを眺めるように、テレビで、その家の中を放映してしまったりするあたり、すでに、日本人で遊んでいるとしか思えない・・・・・。



そんなこんなで、私はアメリカはかなり大きな国だと実感している。

アメリカの現在の大統領は、オバマ大統領だ。
彼は、民族の話題が好きな人のようだ。
彼は、虫かごを沢山持っている。
そして、毎日のようにデータを取って眺めている。

もはや、仕事を超えた趣味の領域に見える・・。
彼は、様々な虫かごからの「海外旅行」を実現している。
それは、大統領の・・いえ、アメリカの実績だ。


私は現在は、母の住む虫かごを出て、別の場所で暮らしている。


私は、母とも、父とも、違う民族のようだ。

どうも馴染めない。
私の虫かごからは、まだ「海外旅行」は実現できない。

虫かごの中の生活を、アメリカ人にちょっと覗かれている気はします。

さて、私はどんな民族でしょうか?

能の演目に羽衣伝説というのがあるそうです。

ある日、天女が松之木に衣をかけて休んでいますと、

その衣を見つけた、村人の男に、羽衣を取られてしまいます。

羽衣がないと、天女は家に帰れないのです。

羽衣を返して欲しい一心で、天女は男の妻になります。

そして、あの手この手で、男から羽衣を取り返そうとします。

ついに、羽衣を見つけた天女は、泥棒男から解放され、天に帰っていきます。

男は、天女の愛を手に入れられなかったのです。


この話は、昔話の絵本にも載っている有名な話です。

ふと思い出したのですが、スペイン王室の話にそっくり!?


血族結婚が続いていた、ブルボン家でしたが、突然、イギリスのヴィクトリア女王は、ブルボン家の王妃のドレスを取り上げてしまいます。

そして、結婚を迫るのです。

女王は、ブルボン家の王族との間に本当の愛情が芽生えることを望んでいたに違いありません。

スペインのフランコ将軍は、彼らの愛を認めました。

そして、ファン・カルロス1世が即位します。

今度は、ギリシャ王室の王女がそのドレスを取り上げてしまいました。

ファン・カルロス1世と王女の間には本当の愛が芽生え、フェリペ皇太子が誕生しました。

スペインは、また、2人の愛を認め、フェリペ皇太子は新たなスペイン国王に即位するのでしょうか?

フェリペ皇太子の本当の妻のドレスは、バスク人のレティシア・オルティスという女性に取り上げられてしまいました。

ブルボン家に嫁ぐべきだった、ブルボン家の王女は、どういう結婚をしたのでしょうか?



能のストーリーでは、天女は羽衣を取り返し、様々な宝物を人々に振りまいて、天に昇っていくそうです。

小さい頃は、私も天女というものを一目見てみたいと思っていました。



スペインでは王女様の方は、写真も公開してもらえないようですね・・。

激動の政治的混乱は未だに続いているのかもしれません。EUは・・もうすぐ戦争?



おまけ:

YOUTUBEで動画を見つけました。

2009年のことだ。

ジスカール・デスタン元フランス大統領がある本を発売したそうだ。

ニュース引用:

フランスのジスカール・デスタン元大統領(83)が書いた、イギリスのダイアナ元皇太子妃をモデルにした恋愛小説がフランスで発売された。仏メディアなどが報じた。

ジスカールデスタン大統領は、日本では、政府の役人くらいしか名前を知らないのではないだろうか?


写真を検索してみた。

彼は何を話しているのか?

日本ではフランスの声は全く報道されない。

フランスという国があるのかさえ定かではない。

インターネットオークションで様々な商品がアウトレット価格だの、1円だので売られている昨今、オニ値引きの嵐から離れたところで、通常通り、定価で売れている商品もある。

普通にお金稼げる商売もあるっていうことだ。

普通の世界はある・・そこをフランスと呼ぶのだろうか?

うらやましい限りだ。そのうち、みんなジスカールデスタン元大統領の真似するに違いない。





ところで、日本でフランスパンを売っているのは、フランスから日本に帰ってきたベトナム人とかタイ人みたいだ。

かわいいスイーツも、かわいいドレスワンピースも沢山紹介してくれる。

ついでに東南アジアの料理店も展開しているところを見ると、旧フランス植民地の住民は、日本ではだいぶ融通が利くようだ。日本では、かわいい外国風商品は、全て東南アジア風かもしれない。
それにしても、どこから仕入れてくるのか、日本政府の役人並みに、フランス通の一般市民が住んでいるものだ。webサイトや雑誌のニュースも全て日本語で書かれていて、一見彼らは、本当の日本人に見えてしまうほどだ。

ごく一部の人しか知らない情報のはずが、「知っていて普通の話」になるらしい。


フランスの文化は魅力的だ。

フランス語を話していると、超かわいい人に見える。

フランス風の服の方が、日本に、超かわいい町並みを作れる。





イギリスは、未だに伝統的なイギリス文化を保持している国だ。

ダイアナ妃は、イギリスをヨーロッパの最北にある、ひとつの国として、その素朴な民族衣装を紹介してくれた人だ。

写真を集めてみた。

超かわいい服を着ている、東南アジアの旧フランス植民地の女性が見ると、イギリスの服は大変野暮で粗野な印象だと不評だそうだ。

イギリスはとにかくダサい。

イギリスでは、200年前の家を手入れしてまだ使うという、新品に買い替えることを知らない恐ろしく貧乏な人々が住んでいる。東南アジアでは考えられない文化だ。

薄汚れた、安っぽい旧宗主国の文化を捨て、高級で、超かわいいフランスの商品に国中の装いを取り替えている最中なのだ。

東南アジアの郷土料理は、貧しい。そして、フランスの食卓は豊かだ。






イギリスのダイアナ妃を、フランス人だと間違えて、”超かわいい存在”にしてしまうと大変だ。

彼女は、超かわいいフランス王室の血筋は持っている。

彼女は、フランス人だった頃には、現在のフランスの文化を、超かわいいといってくれる東南アジア人に似ているところもあったかもしれない。

しかし、彼女はイギリスによって、自分の古い血筋、イングランド王チャールズ1世の血筋を見出され、再利用されたのだ。

彼女は、元々はイギリスの町に佇む2世紀~5世紀前の超古い家と同じだ。



彼女は東南アジア人にとって、”超かわいい”のか?それは、東南アジア人が、普段、「ダサイ」と一蹴している文化だ。




そのダイアナ妃が、どこかの国ではまるでキャラクター商品だ。

一体誰が買うというのだろうか?!


と、東南アジアの人は普通思いますよね?

と思いきや!




私は、つい4~5年前に、あるアパレルブランドが発売した、大きい襟の着いたイギリス風の服を買った。ダイアナ妃のブラウスみたい~。

値段は、中国製で、5000円くらいだったかな~?

その服は、1年ほど着たあと、あるリサイクルショップに売ることになった。

ショップのスタッフは、東南アジアの人々に日本人の古い服を売る活動をしているということで、1円~100円ほどで買取したいと言った。

その服は、1円で買い取られた。



そんな服、買いたいんか?!1円なら出すんだ?

で、

東南アジアにて:

”やった~超かわいいよっ~この服~

何なのコレ~??超かわいいっ~

超かわいいアタシにお似合い~(emoji←こんなの)

ブスの日本人に化粧品とか洋服とか~売っても無駄っ!”

とかいう会話が聞こえてきたりして。





それにしても、東南アジアの旧フランス植民地の子、超かわいいフランス風から、一転。

一体どういうダサイ服装センスになってしまったのでしょうか?

普段馬鹿にしてるくせに~。

イスラエルという国は、古代に幾度も興り、そして滅亡している。



滅亡した国への愛着はどのように続くのだろうか?

たとえば、私は日本人だけれど、ふと目にした外国の写真が忘れられなかったりすることがある。

現在外国人でも、ふと目にした古代イスラエルの考古遺物などを見て、とつぜん心からその存在が忘れられなくなるのかもしれない。

そして、人によってはそれを、神からの啓示だと考えてしまう。


イスラエルは元々小さな国だったようだ。

歴史を見るとバビロン捕囚の時代から、その独立は保てなくなっている。

ローマ帝国の属州として吸収されたあと、ペルシアの侵攻、イスラム帝国、マムルーク朝の支配と全ての時代を通して、その国の存在は限りなく小さい。


近代に、イスラエルは再び興った。

イギリスがシオニストを支援し、バルフォア宣言を発表したからだ。

イスラエルは、イギリスの庇護の下、独立した国家として再生を始めている。



それだけではない。

イギリスは世界中にイスラエルのような国が沢山あることを知っている。

実はイギリス王国さえ、その国家のひとつだ。

最近EUの諸王国もその仲間入りを果たしたようだ。

2013年10月、新しいオランダ国王は、エリザベス女王の使いとしてスェーデンを訪れたのだろうか?

オランダ・スウェーデン・・それは実態のない国ではない。

この公式写真が示すように、国は存在し、国民は独自の文化を守って暮らしている。

日本の国王がエリザベス女王に挨拶する。

イギリス風に言うと、「日本王国は存在している」「そして、国は国王が治めている。」。

”君臨すれども統治せず”とは、何も知らない人々の理解を妨げる、うまい言い逃れ方だと思う。




イスラエルが崩壊するとき、イギリスのユダヤ人国家への支援も途絶える。


wikiにのっている近代イスラエルの年表

1798年-1878年 - セルビアに住むセファルディム系の宗教的指導者ラビ・イェフダー・アルカライが聖地での贖罪を前提とした帰還を唱える。
1856年 - 医者であり作家でもあるルートヴィヒ・フォン・フランクルが聖地巡礼。エルサレム・ユダヤ人学校(Lämel Schule)を設立。
1881年 - 古代ヘブライ語を復活させたエリエゼル・ベン・イェフダーがイスラエルの地に帰還、ヘブライ語の復興・普及運動を開始。この頃、パレスチナに47万人のアラブ人がいた。
1882年 - 第一次アリヤー(ヘブライ語で「上がる」こと、シオン(エルサレム)への帰還の意) - 東ヨーロッパからの大規模な帰還
1897年 - 第1回シオニスト会議:後にイスラエル国歌となるハティクヴァがシオニズム讃歌となる。
1901年 - 第5回シオニスト会議:シオニズムとは国家か、文化か、宗教復興か、何を優先するか鋭い対立の後、ヘブライ大学の創設を可決。
1902年 - ヘブライ語を話す家庭はわずかに10家族。
1904年 - 第二次アリヤー:ベン・イェフダーへの賛同者が増え、ヘブライ語で授業を行う学校が増えていく。
1909年 - ルーマニアからの移民がテル・アビーブ建設。

サイクス=ピコ協定により分割された中東1917年
11月2日 - 英国外相バルフォアがシオニズム支持を表明する(バルフォア宣言)。
12月 - 英国軍、オスマン軍を破り、エルサレム入城。
1920年2月8日 - 英国軍需相ウィンストン・チャーチル、「Illustrated Sunday Herald」紙でユダヤ人国家支持を表明。

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